奥美濃ぐじょのナアー紀行④
上田酒店を後にして、少し街を散策しようと思い坂を下った。意外と入り組んでいて、どこを通ったのか忘れたが、アユの塩焼きを売っている店があったのでそれを買った。長良川のアユは天然記念物だと聞く。郡上まで来たのだから、食べないわけにはいかない。うん、あっさりしていて旨い。アユを食らわば骨まで、誇張なしに骨ごと食べた。お腹が減っていたのだ。その店の隣にコンクリートで固められた家一軒分の巨大な岩がある。コンクリートでガチガチに固められているので人工物かと思ったが、わざわざこんなにデカいコンクリを作る意味がわからなかったので、多分、元々岩山かなんかだったのだろう。おまけにこの岩山の上に祠が祀られていたので、元々信仰の対象だったから壊すに壊せず、しかし崩れたら大変なのでやむなくコンクリート工事をしたのだろう。祠までかなり急な階段が続いていて、ちょっとした登山ができる。そう思うが否や、バカと煙は上に上るを体現する人間であるオレは、早速階段を上り始めていた。しかし、高いところに上るのは好きだが高所恐怖症であるという真性のバカであったために、祠まで登ったはいいものの、降りるのが怖すぎてしばらくそこにうずくまっていた。いい眺めだなァ。
ところで話は変わるが、郡上踊りというのは下駄を履いて踊るものだと相場が決まっている。みんなで下駄を踏み鳴らし音を立てることで、一体感を生むのだという。踊りの音楽に合わせて下駄の音が揃うとさぞ圧巻だろうな、と想像してみる。さすればオレも下駄を履いて踊れば、彼らの輪の中に入り熱狂の中に溶け込めるのではないか。下駄を履いて踊らにゃ、楽しみも半減してしまうのではないか。そう考えたオレは下駄屋に駆け込んだ。
その下駄屋は客でにぎわっていた。郡上木履という有名なお店のようでひっきりなしに客が入ってくる。ここの下駄は郡上市産の木材を使用することにこだわっているようだ。店員が熱心にお客に下駄の選び方を説明してくれる。店の奥は畳敷きの工房になっていて、下駄の鼻緒を付ける作業をしている。店員は皆家族か親族のように見えた。とてもアットホーム。下駄と鼻緒を自由に選び、工房で鼻緒を付けてもらうという手順らしい。鼻緒は様々な種類があり、色も柄もいろいろ、おしゃれな人はとてもこだわるらしい。下駄は四角い形と角が丸っこいのがある。さらに、材質も軽くて色味が明るいものと、重めでしっかりした黒めの下駄がある。どうも重い方は踊り免状を取得するほどの実力者でないと購入できないらしい。上級者向けのアイテムというわけか。オレは四角い下駄に黒と白に染めた鼻緒にした。郡上本染の鼻緒と迷ったが、下駄にはこっちの方がかっこいいと思ったからだ。店の人にそのセットを渡して作ってもらう。時間は30分ほどかかるらしいから、しばらくしたら来てくれと言われた。街を散策して時間をつぶすことにした。
下駄屋は吉田川の左岸にあり、願連寺というお寺のすぐ近くにある。左岸の方もメインの通りしか見れていいないので、路地裏をブラブラ歩くことにした。ブラブラしているとポンプのようなものを発見、レバーを動かすと冷たくてきれいな水が噴き出した。暑くてたまらなかったので手拭いをこれで少し濡らして首に巻いた。流石水の町、郡上八幡。どこからでもオールウェイズきれいな水を提供してくれる。メインストリートに郡上の地ビールである、こぼこぼビールなるのぼりが上がっているのが見えた。そうだ、こいつを忘れるところだったではないか。しかしどうも売り切れらしい。代わりにパチコーラなるコーラを頼んでみた。郡上八幡のクラフトコーラらしい。郡上の水と郡上産のハーブやスパイスを使用した、100パーセント郡上産のコーラである。メチャクチャうまい。普通のコーラよりも香りが強くて面白い味がする。店の人に「美味しかったです」と言いながらプラカップをごみ箱に捨てると、並んでいた地元のタクシー運転手のおっちゃんが、「パチケミエ、うまいよ。おすすすめだよ。」と言ってきた。パチケミエというのは、郡上八幡にある、世界的に有名なジンの醸造所「アルケミエ」のジンを使用したカクテルのようなものらしい。「今日は飲まないんですか」と店員さん。「いやあ、まだ仕事あるんでね、飲酒運転になっちゃうよ」と言いつつ彼はパチコーラを買っていた。ジンは完全に意識外だったので、そんなに有名な醸造所が郡上八幡にあるなんて驚いた。そこまで勧めてくれるなら飲んでみたかったが、パチコーラを飲んでしまったので懐が心許ない。今回は涙を呑んで見送った。明日か明後日飲めるといいな。
そろそろ日が傾いてきて、オレは今夜の宿の心配をしなくてはならぬ。なにせ宿はここではなくさらに奥地の郡上白鳥にあるのだから。東京と違って本数が多くないので、なるはやで郡上八幡を出なくては。名残惜しいが、今日はここでこの美しい街を後にするのだ。