奥美濃ぐじょのナア―紀行⑤

暑い。日が落ちてきたのに暑い。なんなんだ郡上は。山の上ならもっと涼しくあれ。汗がとめどなく噴き出してくる。しかもこんな時に限ってボディーシートが切れた。駅の近くにローソンがあるっぽいのでそこまで行こうとするが、絶妙に行きにくい。横断報道をいくつか渡ってたどり着いた。流石にコンビニの中は涼ちい。上田酒店で汲んだ水がとっくになくなっていたので、水も買っておいた。こんなに暑いと直ぐになくなっちまうぜ。ここから郡上八幡の駅に戻るのもまためんどい。あっちにも涼しいとこあるかなあ、と思いつつ、心配性のオレは早めに駅に向かう。駅には食事ができる休憩スペースがあるので、そこは涼しかった。だが何も買わずにそこに居座るのも悪い気がしたので、水を一本買った。水はいくらあってもよいのだよ、諸君。

聞けばバスが美濃白鳥まで走っているらしく、今の時間だとバスを使った方が早いのだという。そんなわけでバス停を探す。どうも駅前のロータリーにある東屋っぽいのがそれらしい。せっかく涼しい部屋にいたのに灼熱のバス停に行かなくてはならぬとは、骨折り損もいいところである。まとわりつく熱のベールに包まれながら、ゆらりゆらりと亡霊のようにバス停に向かう。オレはやりきれなさで血涙を流していた。まあ、すぐひっこめたけどね!水分の無駄使いだからね!

そんなこんなで美濃白鳥方面のバスが来た。乗客はオレ一人(限界路線がよォ!)。長良川鉄道沿いの道路を通るのかと思っていたが、郡上八幡の中心部を突っ切って郡上市庁舎の方面に向かう。小駄木川に沿って上流の方へ向かう。途中トンネルを通って白鳥方面に出る。普通に電車に乗っていたら出会えなかった風景が、車窓いっぱいに広がる。鉄道路線から離れた山間部にも民家や田畑がたくさんある。穏やかな田舎の情景を眺めながら、いつしか眠気を感じるようになった。そういえば昨晩は一睡もしてないんだっけ、そんなことが頭をよぎると、オレの意識は溶けていった。

目を覚ますともう白鳥の町に入っているようだった。眩しい夕日がバスの中を照らす。高速道路が見上げるような位置にそびえたち、その下に市街地が広がり、田んぼと荒れ地が夕日に照っている。人通りはあまりないものの、思った以上に建物が多い。田舎と聞くと極端な人口過疎地を思い浮かべてしまう。都民の悪癖である。郡上八幡で見たようなうだつの上がる家々が並び立ち、堅牢な中心街を形成していた。郡上八幡のさらに山奥にこんなに立派な町があるとは。素直にオレは感動していた。駅前でバスを降りると、閑散とした商店街に出る。郡上切子が街のいたるところに飾られていて、今夜の祭の熱狂を予告しているようだった。郡上八幡と違って駅が街のど真ん中にあるので、駅前だけでいえば郡上八幡よりも大きな町に見える。商店街やメインストリートには白鳥踊りのポスターが貼られていて、みんな4年ぶりの徹夜踊りを楽しみにしていることをうかがわせる。うだつの上がる街並みは、決して華麗さはないが、どこまでも続いているようで立派な大通りを形成している。大通りの道幅もイイ感じに広くてポイントが高い。元文で有名な布屋原酒造を訪ねようと思ったが、生憎この日は休みであった。オレは力なく膝から崩れ落ちた。

それなら祭が始まるまで宿で寝るまでである。オレは足早に今日の宿まで歩を進めた。地図で場所を確認して、一番近そうな道を選ぶ。しばらくは閑散とした住宅地を進み、川を渡ってしばらく歩けばつきそうだ。歩く。歩く。されど一向に近づいている気がしない。地図だと何でもないように見える距離が実際はかなり遠い。暑さと湿気で汗がどんどん噴き出す。暑い。暑い。不意に遠くで雷鳴が聞こえてきたので顔を上げると、山の向こう、郡上八幡の方向にエグい雲が。台風の接近で歪な形に発達した雲が不気味に発光して迫ってきているようだった。急がねば、オレは歩調を早める。雷が大の苦手なのだ。ダラダラと汗を流しながら足早で終わりの見えない道を進む。すると突然、腕に嫌な感触が。雨粒だ。と、いうことは。次の瞬間、大気を震わせる重低音が白鳥の里一帯に響き渡る。雷鳴が聞こえるや否やオレは一目散に駆け出した。早く!宿はまだか!ざあざあと雨脚が強くなっていく。周りに人気がほとんどない田園地帯で雷に打たれたら洒落にならん。避雷針になってくれるような建物もあまりない。雷に打たれ心停止したまま放置され、高温多湿で腐っていく自分の死体映像が脳裏をよぎる。こんなところで死んでたまるかァ!脇目もふらず全力疾走するオレの目に、仏の慈悲の御手のごとく今日の宿が映る。助かった!