奥美濃ぐじょのナア―紀行⑥
宿を見つけたオレは、軒先に滑り込んだ。汗もすごいし、はやく宿の中でシャワーを浴びて寝てえ。入り口のドアを開けようとしたが鍵がかかっているのか開かない。インターホンを鳴らすも応答なし。大丈夫?起きてる?よく見たら宿って感じの造りじゃないなココ。事務所かなんかの倉庫みたいな建物だ。不安になってきたので宿主に連絡したら、どうもココとは別の建物に急遽泊まってもらうことになったらしい。徒歩であることを伝えると、どうやら車で向かいに来てくれるようだ。焦ったぜ。
しばらく待っていると、軽トラがやってきてドカッと段差を乗り越えてやってきた。運転しているのは爺さんだった。彼はオレを見つけると手を挙げた。迎えらしい。助手席に乗り込んで宿へ。数分で宿に着いた。思いのほか遠くなくてよかった。もしかしたらよくわからない山奥に連れていかれるんじゃないかと不安だったのだ。もうすでに山奥だけどね!風呂場があったのでシャワーだけ浴びて寝よう。8時にアラームをセットして布団にもぐる。3時間は寝れるか、そう考えたのを最後にオレは意識を失った。
起きると9時だった。案の定無意識でアラームを延長していたらしい。まあ、焦ることはない。夜は長いのだから。オレは眠い目をこすりながら着替えて部屋を出る。もちろん踊り下駄も一緒だ。白鳥踊りのほうがステップが激しく下駄を生かせるというからもってこいだ。宿を出て歩き出すと、カコンカコンと音が出る。夜中だから近所迷惑かと不安になったが、あんま人住んでないド田舎だということを思い出した。それに今夜はみんな踊っているだろう。巨大な高速道路の真下の道を歩き、どでかい歩道橋を渡り、町の中心部に向けて歩いていく。いや、クソ遠いな!この瞬間オレは思い出した、さっき命からがら走ってきたあの屈辱を。しかもあれから軽トラで搬送されてきたのでもっとだ。カラコロカラコロ音を立てながら踊り会場へと急ぐ。この距離を何とかして消化することしか頭になかった。
街道を北上すると、だんだん人が増えてきた。踊り会場に近づいている証拠だ。駅前の商店街だけ異様に明るい。あそこだ!角を曲がると人の多さに驚いた。踊り会場の通りだけ所狭しと人でごった返している。囃子に合わせて下駄の音が鳴り響き、人々の掛け声や笑い声であふれていた。昼間歩いた閑散とした田舎町と同じ場所だとは到底思えない。町のほとんどは真っ暗で物音一つしなかったのに、ここだけ暗闇にぽっかり浮かんだ幻想のようで異質であった。熱狂。熱狂であった。
人々は通りを輪のように囲んで踊り歩いているようだったが、反対側が見えない。この輪はどこまで続いているのだろう。とりあえず反対側まで行ってみることにした。輪の後ろを通って人をかき分けかき分け進む。しばらく進むと踊り屋台が見えた。ここで楽器を演奏したり囃子を歌ったりしているようだ。演目には「世栄」とあった。これはYouTubeで見たぞ。かなり歩いてきたのにまだ半分ぐらいだ。想像以上に人が多い。白鳥の人口がみんなここに集まっているんじゃないかというような人口密度だった。郡上踊りは有名だから人が多そうだが、白鳥踊りでもこんなだとは思いもしなかった。そんなこと考えてたら何とか踊り会場の反対側に抜けた。ふりかえってみてみると、老若男女が一緒になって懸命に踊っている。意外にも若者がメチャクチャ多い。もちろん元気に踊っている時点で若者の方が多いに決まっているのだが、白鳥踊りの前では高齢化過疎化なんて何処吹く風である。地元の高校生らしき集団が友達同士で仲良く踊ったりしていて、青春だなあと思いつつ、一人でこなきゃよかったとちょっぴり後悔した。オレもあんな風に友達と仲良く踊りたいぜ。メッチャ混ざりてえー。いや、ここまで来て一人で寂しく見物しているだけとか流石に悲しすぎるんだぜ。このままだとこの熱狂に取り残されちまう・・・!そんなときだった。アニメ「ひぐらしのなく頃に」のキャラクターのコスプレをした男性が普通に踊っている。てかアイツ、ゼッタイひとりだろ!コスプレしてる奴なんて他に誰もいないぞ!彼は明らかに異質だった。地元民に混ざって堂々と踊っている。コスプレなのに。どう見ても地元民じゃないのに。彼は熱狂の中、誰よりも目立っていた。そうか、オレも踊っていいんだ!
んで、輪に加わって踊りだしたはいいものの、もちろん振り付けなど一ミリも分からん。わかんねーからワカメの擬人化みたいな踊りになってしまう。よく見るとオレみたいにワカメダンスをしている人々がちらほらいるので恥ずかしさは和らいだが、折角ならもっとうまく踊りたいぜ。キレッキレで踊っているお兄ちゃんがいたので彼の近くに入り込む。最初はあやふやだが、踊っていると一連の同じ動きを延々と繰り返しているだけだと気づく。曲の後半になるとある程度振付を覚えてしまっていた。輪の中に入る勇気さえあれば、ずぶの素人でも踊りに加わることができるのだ。演目の最初はバラバラだった下駄の音も、その演目が終わるころには結構そろってきて気持ちいい。
白鳥踊りはだいたい7つか8つぐらいの演目があって、それを夜が明けるまで延々とループさせているようだ。一度覚えちまえば、時間がたつにつれて踊りの熟練度が上がってくる。そして一体感が出てくるのでより盛り上がってくるという素晴らしいシステムだ。「おいさか(演目の一つ)」とか何回も踊ったのでもう完璧だぜい。白鳥踊りは世界最速の盆踊りと呼ばれているらしい。そのゆえんはだんだんテンポを上げてきて最終的に踊っている人全員で走り出すというクレイジーな演目があるためであろう(何て名前だか忘れたけど)。この日もやってた。みんな走ってた。でもさすがに疲れるからか、この曲が流れる回数は他の演目より少ない。その代わり、これが流れるとみんな全力で踊って全力で走るのだ。これぞ日本の祭り、日本の熱狂である。