奥美濃ぐじょのナアー紀行⑦
踊り疲れたので、いったん輪の外に出る。そういえば昼間はフランクフルトとジェラートとアイスと酒しか口にしていなかったので、とても腹が減っているのを思い出した。夢中で踊っていたので気が付かなかったが。屋台が出ていたので焼きそばを食べた。うまかった。それでもまだ足りなかったので、明宝フランクを食べることにした。昼はノーマルのフランクを食ったので、ここでは醤油味が売っていたのでそれを買ってみた。うまい。個人的に醤油で焼いたほうが普通に焼いたのより美味いと思った。
一度休むと中々もう一度運動する気にはならないものだ。この時もそうだった。ひたすら絶え間なく踊っていたのでかなり疲労を感じる。狂ったように踊る人々の輪を遠目に見ながら、オレは駅前広場のベンチでしばらく休んでいた。だが、いつまでもここで休むわけにはいかぬ。オレは再びあの熱狂の輪に加わらなくてはならぬ、そんな気がした。意を決してマッチョな兄ちゃんの後ろに入り込んだ(ちなみに結構マッチョ率が高い)。もうすでに輪は三重にもなっていた。オレが休んでいる間にさらに人数が増えたようだ。老いも若きもみんなが踊っている。地域の人々も、オレのような旅人も一丸となって踊っている。なんだ、この一体感は。なんだ、この高揚は。オレたちはまるで兄弟のように一つになっていた。一度も言葉を交わしたことがないのに。不意に下駄の音がそろう。不思議な感覚がした。お囃子、拍手。提灯がぼんやりとみんなを照らす。一人一人の上気した顔が見える。ああ、オレたちはひとつだ。
時刻は午前3時を回ろうとしていた。夜明けまで踊ろうか迷ったが、オレは昨日からほとんど寝てないし、明日は台風でどうなるかわからない。名残惜しいがここらへんでお暇することにした。ずっと踊りっぱなしだったので、気づけば喉はカラカラのクッタクタだった。冷やしたコーラを売っていたので、自分への労いを込めて、ゴキュゴキュッと一気飲みした。超サイコー。宿の方に歩いていくにつれ、祭の光がどんどん小さくなっていく。ちょっと寂しかったが、あの光景と熱狂はしばらくオレの胸に残り続けるだろう。
ところで夜の街灯もないド田舎で道に迷うとどうなるか知ってるか?マジでパニクるぞ。地図はちゃんと読もうね!ひと悶着あったが無事宿に戻ったオレは、シャワーを浴びる。すると右足の親指の付け根に激痛が!見ると鼻緒が擦れて親指と人差し指の間がベロンベロンに剝けている。踊っている間は脳汁ドバドバで全く気が付かなかった。初めて下駄履いて踊るよって人はこうなるから覚悟しといてね!
オレはアラームで目を覚ました。9時だ。まだ眠い。昨日、いや、今日は踊りっぱなしだったので、本当はもう少し寝てた方がいい。確かチェックアウトが10時だったので早めに起きておこうと念のため9時にアラームをセットしといたんだっけ。まあでも宿の主人もそんな急がんでいいよー的なことを言ってた気がするのでゆっくりでいいか。しばらくダラダラしながら荷造りをしていたオレはおもむろにスマホを開く。台風なので長良川鉄道の運行情報が変わってるかもしれない。まあこの後白鳥をもう少し観光するつもりだし、夕方に今日の宿がある美濃市に着けばいいから、だいたい何時ぐらいに白鳥を出ればいいかだけ調べとこう。だが長鉄のホームページを開いたオレは凍り付いた。台風の影響で10時26分の美濃太田行の電車を最後に終日運休するらしいではないか!この電車逃したらオレは白鳥町から出られないってコト⁉歩きで美濃市まで行くとなると…ああ、無理だコレ。台風の中、一日でたどり着ける距離じゃない。今、何時だ?時計の針は10時を回ろうとしている。ここから駅まで歩きだと30分はかかる。オレが出した結論はただ一つ。今すぐに宿を出て、走る。全力で。
白鳥の町はまだ小雨だ。ムシムシした大気がこの町に漂っている。15分間走っては歩き走っては歩きを繰り返したオレの顔には汗がにじんでいた。美濃白鳥駅の待合室には、キャリーケースを持った大学生ぐらいの女性4人組と、男子高校生らしき二人組が電車を待っていた。ホームに出ると涼しい風が吹いて、汗もだんだんと引いてきた。湿度は高いが、妙にひんやりとした気候だ。駅員さんがいたので、一応聞いてみたが次の列車が最終電車で間違いないようだった。ゴトリゴトリと音を立てて、列車がホームに滑り込んできた。乗車券を受け取って乗り込む。北濃方面からやってきた列車だったが、意外と乗客がいた。オレは例のごとく前方の窓の前に陣取った。窓の前には巨大なかき氷の食品サンプルが飾ってある。こぼれかけたラーメンなんかもあって、さすがのクオリティーである。郡上は食品サンプル全国シェアナンバーワンというのも伊達ではない。運転手がこの駅で乗ってきた乗客に、もう下り列車は運行しないから戻ってこれませんという趣旨のアナウンスをひたすら繰り返していた。不退転の決意を固めたオレたち乗客の表情には、逡巡の色など微塵も見られなかった。