奥美濃ぐじょのナアー紀行⑨
その酒屋は今広酒販といった。店の前にも日本酒の瓶が並び、いかにも期待できそうな酒屋である。店の入り口には鍾乳洞の水で作った日本酒を売っていることを知らせる張り紙が張られている。兎にも角にも酒が要る。てなわけで参る。
中は広々としていて、奥に囲炉裏があり、明治から現役の時計が壁の柱にかかっている。その真上は郡上の酒屋で見たような吹き抜けがあって、この家の立派さを強調している。そして種種の酒がずらり。店の中に入ると奥から初老の女性が出てきた。奥の方には冷蔵室があるらしく、そこでも酒を保管しているとのこと。入っても良いかと聞いたらOKしてくれた。冷蔵室の中ではワインが主においてあるようで、それと日本酒が少々。岐阜の様々な地酒が取り揃えてあった。荷物になると嫌なので、ワンカップの酒をいくつか買うことにした。今日のお供である。地元の小坂酒造の酒と、中津川の方の地酒を二つ(「おんな城主吟醸」とあと一個名前忘れた、冷蔵のやつだったはず)を購入。冷蔵の方はすぐ飲みたいので、ここで飲んでも良いかと聞いたら快くOKしてくれた。タイムスリップしたような歴史ある建物の中でうまい酒をいただく。乙なものである。
店の人の話によると、鍾乳洞の水を使った酒はこの店が企画して郡上の酒蔵に作ってもらったこの店でしか買えない酒らしい。郡上の鍾乳洞というのは偉大である。やはり水がいい土地には美味い酒がある。いつか飲んでみたい。今日は本当は郡上踊りに行くつもりだったことを漏らすと、若いころは息子さんとよく踊りに行ったことを話してくれた。夜通し踊った後は始発で帰ってきて、よく店の前の路上で倒れるように眠っていたらしい。郡上だけでなく長良川鉄道沿線の人々にとっても郡上踊りは心躍る行事だったのだろう。
来年また来ることを告げてオレは店を出た。相変わらずの雨であったが、ずっとあの店で雨宿りさせてもらうわけにはいかないので、別の場所を探す。こういう時役に立つグーグルマップ。公共施設なら雨宿りできるんじゃないか?ホラ、この美濃市立図書館とかさあ。
市立図書館は町の北側の高台にある。川沿いではあるが、がっつり坂道を上った上にあるので、長良川が氾濫しても安心だ。さて、図書館に入ろう。ふざけんな休館じゃねーかコノヤロー。あまりの間の悪さに思わず悪態をつく。図書館の前に東屋があるのでそこを本日の拠点とする。台風&休館で人が来る心配もない。いずれにせよ安心してくつろげる基地を手に入れたというわけだ。見晴らしも良い。台風で静まり返った美濃の街並みを一望できる。基地が見つかったら次は食糧である。酒はある。コンビニはやってるはずなのでマップで少し離れたところにファミマを発見。雨も小降りになったので善は急げださあ行くぞ。意気揚々と基地を出発した直後、突如バケツをひっくり返したような雨がオレを襲う!ああああああもおおおおおおお!なんでだよおおおおおおお!瞬く間に道路は滝となり川となりオレのゆく手を阻む。サンダルは水没し、傘から滝のように水が流れ落ちて噴水みたいになっている。天に見捨てられたオレはやっとの思いで倒れこむようにファミマに入店した。酒を飲みながら食べたいので腹にたまるものがいい。できれば肉が。なんて思ったら40%増量の焼肉弁当が40円引きで売っているではないか!?そうか、今年も40%増量の季節か。不運と幸運の振れ幅マジパネエ。足して二で割れよ、神サマ。レジのおばちゃんにラッキーだったねえと言われて店を出る。雨はいつの間にか小降りになっていた。再びツキが回ってきたか。食糧を手に入れ、基地に凱旋を始める。その瞬間、耳をつんざくような轟音が響き、トチ狂ったように大雨が降りだした。なんだよもおおおおおおお!またかよおおおおおおおおおお!!!!
弁当を抱えて命からがら逃げてきたオレはようやく安全な東屋に戻ってきた。東屋はそこそこの広さがあって、大きなテーブルと椅子がある。台風の中でも濡れずに快適に過ごせるのだ。おお、わが愛しの秘密基地。早速焼肉弁当を食べる。お供はさっき今広で買ったコレ、「おんな城主」である。吟醸酒なので香りがよく、優しい味である。美濃の町を眺めながら飲む酒はやはりうまい。台風なので人通りもなく、この景色を眺めているのはオレだけである。なんていい気分なんだ!雨風をしのげる屋根のある場所で!誰もいない美濃の町を見下ろして!飯を食いながら!岐阜の酒を堪能しているオレ!荒れ狂う曇天とは裏腹に、オレの心は実に実に晴れやかにウハウハしていた。