奥美濃ぐじょのナアー紀行③
新橋から吉田川を望んでいたら河原で遊んでいる人々がいた。折角なのでオレも川に降りてみる。犬啼水神の脇から河原に続く階段があった。犬啼水神のレリーフみたいなところから冷たくてきれいな水が湧き出している。犬啼水神にも逸話があるようだがここでは割愛する。とりあえず階段を下りていくと、犬啼渓谷からの支流を渡って藪の間の道を歩くと広めの河原に出る。オレはクロックスを履いていたのでそのまま水の中に入る。冷たくて気持ちいい、が、微妙に濁っていて心なしか匂うのですぐ退散した。河原に降りた階段とは別の階段からを上ると新橋の一本下流の橋に出る。その橋を渡って吉田川の対岸に渡った。
郡上八幡は城下町である。街を見下ろす位置に郡上八幡城はそびえたっている。そして今俺が渡ったほうの岸にそれはある。旧庁舎側の岸は平たんな地形だが、城がある方の岸はやや傾斜のある街並みになっている。こっちの街は、吉田川の支流である小駄木川に沿って広がり、ずっと上流のほうまで建物があるようだ。吉田川と郡上八幡城が街を二つに割るような形になっている。これなら城から街全体を見渡せるのだろう。
橋から続く道をしばらく道なりに進んでいくと、L字路の真上に郡上踊りの大提灯が掲げられているのが見えた。ここでも郡上踊りを踊るのだろうか。写真でもよく見る場所なので、観光客も多かった。近くに細い路地があり、そこには宗祇水の文字が。奥へ進むと写真で見た通りの祠がひっそりと佇み、綺麗な水を湛えていた。
意外と人通りは多かった。というかみんな宗祇水を目当てにしているようではなかった。宗祇水の奥には小駄木川が流れていて、それが目当てのようだ。この川ではたくさんの人が水遊びをして遊んでいた。吉田川と違ってヘンな匂いもしない。飲んでも問題ないほど澄んだ清流だった。それに大して深くなく、あっさりと対岸に渡れてしまうほどのささやかな流れだ。確かに水遊びには適している。清流ソムリエ(?)のオレもじゃぶじゃぶと対岸に渡ってまた戻ってきた。
一人で水遊びしていても仕方ないのでさっさと大提灯まで戻ってきた。大提灯の道をさらに奥まで進むと、上田酒店という酒屋がある。酒蔵ではないが、近くの酒蔵に頼んでオーダーメイドの酒を造ってもらっているので、ここでしか飲めない酒がそろっている。酒好きなら絶対に訪れなくてはならない郡上の名所だ。ここの上流にある鍾乳洞から引っ張って来た冷たい水を店の前で放出している。聞けば個々の地区の住民は皆、鍾乳洞の水を水道水として使っているそうだ。うらやましい。自由に飲んでいいみたいだから、少し飲んだ。まろやかでとてもおいしい。暑さで干からびそうになっていたところだったので、これはうれしい。汲んで持って帰っていいみたいだから、自前のペットボトルに詰めた。これで生命線が少し伸びた。ふと横を見ると巨大なカキフライのようなものが目に入った。よく見ると、それはフライにされて変わり果てた姿で発見されたゴジラであった。ここ、郡上市は食品サンプルの生産量が日本一だという。郡上市近辺では、所々で食品サンプルを見ることができる。なぜゴジラを題材にしたのかまったくもって謎だが、衣に包まれて己の運命を悟ってしまった彼の顔を見ていると、その心中を察するに余りある。
上田酒店は古い商家である。表から見ただけでは気が付かないが、中に入ると建物の中央の天井が吹き抜けになっている。どうも美濃地方でよくみられる構造であるようだ。ふもとの美濃市の酒屋もこんなだった。これに関しては後に譲ろう。吹き抜けの下あたりに酒樽や冷蔵庫が並んでいて、店主らしき人が客に酒をふるまって何か熱弁している。手前に別の店員さんがいて、酒の入ったタンクのようなものに手をかけている。400払えば一杯飲ませてくれるようだ。酒屋に来たからには飲まねば恥というもの。甘口の本醸造と辛口の純米酒があったので、純米酒にした。「郡上踊」という酒で、これは上田酒店が平野酒造に頼んで作ってもらった、ここでしか味わえない酒だ。店員さんが急に「お兄さん、酒強い?」と聞いてくるから、「まあまあですね」と答えた。どうも少し入れすぎたらしい。これは僥倖僥倖、むしろありがたいぜい。塩と一緒に飲むと美味いらしく、塩の入った小鉢をもらった。ユニークな風味で、少し甘みを感じつつも酸味もあるような感じ。一度飲んだら忘れないほどには美味い。塩をつまむとよりマイルドになる。塩も酒のアテになるんだなあ。
店の奥、吹き抜けの途中に、中二階が見える。格子が張ってあって、少し不気味だ。店員さんの話によると、視える人にはそこに座敷童がいるのがみえることがあるらしい。見つけようと店員さんと二人で首をひねっていたが、二人とも霊視の才能はなかったようだ。徒労に終わった。後日夢に座敷童が出てきたんだが、関係があるのかはわからない。